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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)1936号 判決

原告

万徳浩一

ほか一名

被告

伊東博己

主文

一  被告は、原告万徳浩一に対し、金五六万円、同万徳勝彦に対し、金二二万六九八八円及び右各金員に対する昭和五七年九月二日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告万徳浩一に対し、三〇〇万円、同万徳勝彦に対し、二九九万三一〇〇円及び右各金員に対する昭和五七年九月二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年三月一〇日午後一時二〇分頃

(二) 場所 福岡市中央区赤坂二丁目五番三八号付近路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(神戸5ま2329号、(以下「加害車」という。)

右運転者 被告

(四) 態様 被告が加害車を運転して本件現場を進行中、同所において原告万徳浩一(以下、「原告浩一」という。)と衝突した。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を常時運転し、自己のため運行の用に供していた。

(二) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、本件事故当時、赤坂小学校から下校中の小学生がいたので、運転者としては児童の動向に注意し、徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、漫然と時速約三〇キロメートルで進行したため、原告浩一の発見が遅れ、本件事故を起こした。

3  損害

(一) 原告浩一について

原告浩一は、本件事故のために昭和五五年三月一〇日から同年四月五日までの入院、同月六日から同年六月一八日まで通院加療を要した右下腿両骨々折の傷害を受けたが、骨折部が真直ぐにつながらず曲がつたままとなつたため長時間の歩行等では右足をかばうため疲労が激しく、運動上の障害が残つている。又原告浩一は本件事故当時小学校二年生であり、前記骨折のため退院後も歩行が出来ず、昭和五五年六月一八日まで母親に背負われたり、自転車に乗せられて登校した。

原告浩一が本件事故による受傷及び後遺症のため被り、又将来被つていく精神上の苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(二) 原告万徳勝彦(以下、「原告勝彦」という。)について

(1) 治療費 四四万九〇六〇円

(2) 付添費 二九万〇五〇〇円

前記入院期間(二七日間)及び退院後昭和五五年五月三一日まで原告浩一が歩行できず母親が付添つた八三日間の一日当り三五〇〇円の割合による金員。

(3) 入院雑費 二万二〇〇〇円

入院期間二二日分の一日当り一〇〇〇円の割合による金員。

(4) アルバイト雇料 八八万〇六〇〇円

原告勝彦は、妻多恵野(以下、「多恵野」という。)と共同で飲食店を営み、多恵野が客の接待に当つていたが、本件事故から昭和五五年五月末日まで付添のため店に出られず、その間仲居を雇いアルバイト費用を支出した。

(5) 収入減 一〇〇万円

原告勝彦の店では接待の役割が大きく、多恵野の不在により客足も遠のき客の注文も減少し、前記期間中前年度に比し収入が一〇〇万円減少した。

(6) 弁護士費用 八〇万円

原告らは、本件を弁護士に委任するにつき、手数料八〇万円を支払う旨約した。

(7) 損害の填補

被告は、昭和五五年一二月二六日、原告浩一の治療費として四四万九〇六〇円を秋本外科病院に支払つた。

4  結び

よつて、被告に対し、原告浩一は三〇〇万円、原告勝彦は右(二)の(1)ないし(6)の損害合計額から(7)の填補額を控除した二九九万三一〇〇円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月二日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3(一)の事実は否認する、(二)(1)ないし(6)の事実は知らない、(二)の(7)の事実は認める。

三  抗弁

1  免責

本件事故は原告浩一の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失はなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任はない。

すなわち、被告が本件事故現場を時速約一〇キロメートルで走行中、原告浩一が道路左側に停車中の軽貨物自動車の陰から、道路上にとび出して来て、加害車両の左側前部にぶつかつたものである。

2  過失相殺

前記のように、本件事故の原因には原告浩一の右過失が寄与している。

3  弁済

被告は、原告勝彦に対して

(1) 昭和五五年三月二六日 一〇万円

(2) 同年同月二九日 四〇万円

を各支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の事実は否認する。

2  抗弁3の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  責任について

(1)  被告本人尋問の結果によれば、被告は、加害車を本件事故の一年半前から、木下朝基より借りて使用していたことが認められる。

右の事実によれば、被告は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するというべきであるから、自賠法三条により、損害賠償責任がある。

(2)  昭和五七年五月当時の本件事故現場付近の写真であることについては当事者間に争いのない甲第三号証の一ないし六、同第五号証、成立に争いのない乙第四号証の一、二、証人加島博美、同原謙一の各証言及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事故現場は、国体道路方面から赤坂一丁目方面に通ずる幅員約四・五メートル、うち赤坂一丁目方面から向つて道路左側約一メートルは路側帯となつている(以下、路側帯を歩道といい、路側帯以外の道路部分を車道という。)平たんな、アスフアルト舗装された道路上であること、加害車は右道路を国体道路方面から赤坂一丁目方面から向つて進行してきたこと、加害車から事故現場付近の見とおしはよいこと、当時付近の赤坂小学校の児童が赤坂一丁目方面から下校中であり、事故現場横の歩道には歩道を塞ぐ格好で軽四輪貨物自動車が駐車中であつたこと、原告浩一は右歩道を下校してきたが、歩道上に右自動車が駐車されていたため車道に出たところを、後記認定のとおり時速約二、三〇キロメートルで進行してきた加害車に衝突されたことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用出来ず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

もつとも、被告は、本件事故現場を時速約一〇キロメートルで走行していたところ、原告浩一が駐車中の車の陰からとび出して来て加害車の左側前部にぶつかつた旨主張し、被告本人尋問の結果は右に副う供述をし、又前記乙第四号証の一、二によれば、スリツプ痕が本件事故現場に存在した旨の記述はなく、加害車が比較的低速度(二、三〇キロメートル位)で走行中であつたことが推認できるが、原告浩一の傷害の部位、程度からみて、被告が一〇キロメートルで走行していたと認めることは出来ない。

右認定の事実によると、加害車から事故現場付近の見透しはよく、被告は、前方を注視しておれば事故現場にさしかゝる前から下校中の児童らを現認出来た筈であり、児童が右駐車中の車の陰から車道へ出てくることを当然予想出来たのであるから、運転者としては、本件事故現場付近を走行するに際しては、児童の動向に注意し、直ちに停止出来るような速度で徐行すべき義務があるところ、被告は、右義務を怠り、本件事故を惹起したものというべきである。

したがつて、被告は、民法七〇九条による不法行為責任を負うべきである。

三  抗弁について

(1)  免責

被告には、前記のとおりの過失があるから、その余の点について判断するまでもなく、免責の抗弁は理由がない。

(2)  過失相殺

原告浩一が駐車中の車の陰から突然車道に出てきたことは前記認定のとおりであり、原告浩一の右行為が本件事故の一因をなしていることが認められる。ところで被害者の過失を過失相殺としてしんしやくするには、その者が行為の責任を弁識する知能を備えていることまでは要しないが、交通の危険を弁識しこれを対処しうる能力を有することが必要であると解すべきところ、原告浩一は事故当時小学校二年生であつた(この事実は当事者間に争いがない。)から、原告浩一には交通の危険につき弁識能力があつたと認めることができる。

したがつて、本件事故発生については原告浩一にも過失があつたということができ、原、被告の過失割合は、本件事故の状況や原告浩一の年齢等をしんしやくすると、原告浩一が二割、被告が八割とみるのが相当である。

四  損害について

1  原告浩一について

成立に争いのない甲第六号証、乙第二号証及び原告浩一法定代理人万徳多恵野本人尋問の結果を総合すれば、原告浩一が本件事故により右下腿両骨々折の傷害を負い、これにより昭和五五年三月一〇日から同年四月五日まで入院し、同月六日から同年六月一八日まで通院実日数九日におよぶ通院加療を余儀なくされ、退院後も六月末頃まで歩行ができず、母親に背負われたり自転車に乗せられたりして登校した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告浩一は、骨折部が真直ぐにつながらず曲がつたままとなつたという後遺症の主張をなしているが、証人杉崎昭夫の証言によれば、いずれ正常な状態に戻る可能性が強く、現在はその過渡的状況にあることが認められる。

前記認定の本件事故の態様、傷害の部位・程度、入通院期間その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて原告浩一が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は七〇万円が相当である。

2  原告勝彦について

(一)  治療費

前記三1で認定のとおり、原告浩一は、本件事故の日である昭和五五年三月一〇日から同年六月一八日までの間、入院日数二七日及び通院実日数九日にわたつて、本件事故による傷害の治療を受けたことが認められ、原告浩一の父である原告勝彦が右治療費として四四万九〇六〇円を請求されたことは当事者間に争いがない。

(二)  入院雑費

原告浩一が、本件事故による傷害のため、二七日間入院したことは、前記認定のとおりで、そのうち二二日間につき入院雑費として、少なくとも一日当たり七〇〇円、合計一万五四〇〇円を原告浩一の父として原告勝彦が支出したことは容易に推認されるところである。

(三)  付添費及びアルバイト雇料について

前記万徳多恵野本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし三及び右本人尋問の結果によれば、原告浩一の母多恵野が浩一の入院、通院及び四月七日から同年六月末頃までの登校に付添つたこと、原告勝彦は妻と共同で中洲において小料理屋を営んでいたが、多恵野が原告浩一の付添のため店に出られず、止むを得ず昭和五五年三月から同年五月末日までアルバイトの仲居を雇い、原告勝彦において、仲居に対し、八八万〇六〇〇円を支払つたことが認められる。

原告浩一は満七歳の児童であることは前記認定のとおりであり、浩一の年齢、傷害の部位、程度からみて入院、通院、通学に多恵野が付添つたことは止むを得ないものと認められ、又多恵野が店に出られないため仲居を雇つたことも営業上必要であつたことが認められ、付添費、アルバイト雇料いずれも本件事故と相当因果関係がある損害ということができる。

しかしながら、原告勝彦は、アルバイトの仲居を雇つた結果として、現実には付添費の支出を免れたのであるから、付添費とアルバイト雇料とを二重に請求することは出来ず、額の多いと認められる右アルバイト雇料八八万〇六〇〇円の限度において、原告勝彦の請求を認めるのが相当である。

(四)  収入減について

原告勝彦は、多恵野が飲食店にでられなかつたため客離れや客の注文量が減り一〇〇万円の損害を蒙つたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  過失相殺

以上によれば、原告浩一は七〇万円を、原告勝彦は一三四万五〇六〇円をそれぞれ被告に対して請求できるというべきであるが、前述のとおり原告浩一の過失相殺として二割を減ずべきであるから、原告浩一の損害は五六万円、原告勝彦の損害は一〇七万六〇四八円と算定される。

4  損害の填補

被告が、秋本外科病院に対し、昭和五五年一二月二六日、原告浩一の治療費として四四万九〇六〇円を、原告勝彦に対し、昭和五五年三月二六日、一〇万円を、昭和五五年三月二九日、四〇万円をそれぞれ支払つたことは当事者間に争いがないので、原告勝彦は被告に対し、右金員を控除した一二万六九八八円を請求できることになる。

5  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に依頼し、その謝金として相当額を支払うことを約したことは弁論の全趣旨により認められるが、本件事案の内容、訴訟の経緯、認容額等に徴すると、被告に賠償を求め得る弁護士費用は、原告浩一について五万円、原告勝彦について五万円と認めるのが相当である。右各損害は、本来それぞれ原告浩一及び原告勝彦の損害と観念すべきものであるが、実際に右弁護士費用を支払う原告勝彦においてこれを請求することもできるというべきである。

五  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、原告浩一において五六万円、原告勝彦において二二万六九八八円及び右各金員に対する、被告に対し本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年九月二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村道代)

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